一年間の延期を経て2021年夏に開催された、東京オリンピック・パラリンピック。そのメインスタジアムとなった「国立競技場」の設計に携わったのが、世界的に活躍する日本の建築家・隈研吾(1954-)です。異例の無観客開催となったこの大会でしたが、国立競技場の観客席は(まるでこの事態を予見したかのように)あらかじめ五色のモザイク状に彩られ、あたかも満員の観客を迎え入れたかような空間となりました。隈は次のような言葉を寄せています。
「競技場というものは、そして、たくさんの人が集まる場所というものは、人がいようといまいと、寂しくなく、温かく、やさしい場所でなければいけない。どんな時代が来ようとも、人類にどんなことが降りかかろうと、その思いは変わらない」(一般社団法人 共同通信社『国立競技場 Construction』河出書房新社、2021年)
隈のそんな思いが込められた、この国立競技場のプロジェクトへと至るまでに、彼はどのような歩みを辿ってきたのでしょうか。今回の記事では、建築家・隈研吾の来歴と名言、そして日本国内にある代表作を紹介していきます。
建築家・隈研吾の来歴
まずは隈研吾の来歴について、建築家を目指すきっかけ、そして建築家としての彼の代表作の二点から見てみましょう。隈研吾は1954年、神奈川県横浜市に生まれています。彼曰く、父親は「お堅い会社に勤めるサラリーマン」だったということですが、「デザインや建築のことが大好き」な人物でもありました(隈研吾『建築家になりたい君へ(14歳の世渡り術)』(河出書房新社、2021年))。
隈研吾の子供時代:建築家を目指すきっかけ
ここからは、隈が建築家となるまでの道のりを、著書『建築家になりたい君へ』の彼自身の言葉からご紹介しましょう。彼が建築家を志すきっかけとなったのは彼が小学四年生のときのことでした。当時は「ドリトル先生シリーズ」からも影響を受け、将来は「獣医さんになりたかった」という隈少年が出会ったのは、東京のある名建築でした。
「いつ建築家になろうと思ったのですか、という質問をよく受けます。「1964年の第1回東京オリンピックの時、父親に連れられて、丹下健三先生の設計した国立代々木競技場を見た時、建築家になろうと決心しました」と、僕は答えます。僕はその時、小学校の4年生です。なにしろ、めちゃくちゃに格好いい建物なのでびっくりしました。「誰がこんなの作ったの?」と父親に尋ねたら、「丹下健三という建築家がデザインしたんだ」と教えてくれました。その日までは、建築家という職業があることも知りませんでした」
この国立代々木競技場は1964年のオリンピックのために建設されたもので、建築家・丹下健三(たんげ・けんぞう)(1913-2005)による代表作のひとつとされています。この建物の大きな特徴とも言える「吊構造」の高い支柱は、当時の隈少年を圧倒しました(現在でも時折、NHKの中継ライブカメラからこの高い支柱の様子が伺えます)。2021年の東京オリンピックでは、この競技場はハンドボールの会場としても使用されています。
そしてこの出会いののち、建築の「追っかけ」となった隈少年は、前川國男(まえかわ・くにお)設計の東京文化会館、ル・コルビュジエ設計の国立西洋美術館、そして坂倉準三(さかくら・じゅんぞう)設計の神奈川県立近代美術館といった東京周辺のモダニズム建築を見て回ることになりました。
建築家・隈研吾の代表作(一部)
アフリカへの調査旅行を経験した大学院時代を経て、隈は大手設計事務所とゼネコンにそれぞれ三年ずつ勤務しています。そしてその後、ニューヨークのコロンビア大学に留学、帰国後の1990年に自身の隈研吾建築都市設計事務所を設立しています。ここからは少し視点を変えて、隈の代表的な作品をいくつかご紹介します。
スタバに美術館。観光客も訪れやすい代表作5選
1. 国立競技場(東京)
まずご紹介するのは、記事冒頭でもご紹介した東京都新宿区の国立競技場です。オリンピック・パラリンピック終了後も各種スポーツ競技やコンサートなどのイベントが開催されています。また現在では「国立競技場スタジアムツアー」として、競技場内のトラックやVIPラウンジなどの施設を実際に見学することができます。ツアーの実際の模様については、以下の記事をご参照ください。
👉東京2020大会のレガシーを体感!国立競技場スタジアムツアーでアスリート気分になろう
2. スターバックス リザーブ® ロースタリー 東京(東京)
同じく都内の目黒区にあるスターバックス リザーブ® ロースタリー 東京の店舗は、外観設計を隈研吾が手がけています。「ロースタリー」との名のとおり、実際に店内に焙煎機を構えたこの店舗では、バリスタへの相談やコーヒーの飲み比べができるほか、ティー専門のフロアではほうじ茶や抹茶を用いたティーも楽しむことができます。
👉マグカップにタンブラー…限定商品を求めて訪れたい、東京のスターバックス店舗3選
3. 角川武蔵野ミュージアム(埼玉)
また首都圏ということでいえば、埼玉県所沢市のところざわサクラタウン内、角川武蔵野ミュージアムも隈研吾がデザイン監修を担当した施設として知られています。プロジェクションマッピングの上映も行われる「約8メートルの巨大本棚に囲まれた図書空間」の「本棚劇場」は、2020年のNHK紅白歌合戦で音楽ユニット・YOASOBIがパフォーマンスを披露したことでも知られています。
- 住所:埼玉県所沢市東所沢和田3-31-3
- アクセス:JR武蔵野線「東所沢」駅から徒歩約10分
- 営業時間:10:00~18:00(最終入館は17:30まで)
- 定休日:毎週火曜日(火曜日が祝日の場合は開館)
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4. TOYAMAキラリ(富山)
富山市ガラス美術館が入居する同市内の複合施設TOYAMAキラリも隈研吾の設計による建築です。御影石・ガラス・アルミが組み合わされた外観は、富山市内からも眺めることのできる「立山連峰を彷彿とさせる外観」です。美術館では、「富山市所蔵の現代ガラス美術作品」の展示はもちろん、インスタレーション作品を展示する「グラス・アート・ガーデン」を鑑賞することができます。
👉Toyama Glass Art Museum, Displays Contemporary Glass Art from All Over the World
5. koé donuts kyoto(京都)
京都市中京区のドーナツファクトリー・koé donuts kyotoでは、店舗デザインを隈研吾が手掛けています。「京都嵐山の竹を用いたエシカルで柔らかなインテリアに挑戦した」という店内には、「奥へと導く竹かごの空間」のテーマどおり、「伝統的な六ツ目編みのかご」がなんと572個も用いられているとのことです。koé donutsの新製品をご紹介した、次の記事もぜひご覧ください。
👉【京都】人気の行列スイーツ「koe donuts」が新商品を発売。ラインナップ全種類を公開
隈研吾が著作で触れている代表作5選
1. 亀老山展望台(愛媛)
亀老山展望台は、愛媛県今治市の大島にある隈設計の作品です。隈研吾『建築家、走る』(新潮社、2013)によれば、彼は「町のモニュメントになるような目立つ展望台」という当時の地元町長からの要請とは「真反対」の「山の中に展望台を埋めてしま」うという大胆なものを提示しました。
この作品について隈はのちに「建築を消去したいという想いが、もっともピュアな形で建築化されて、「埋蔵された展望台」という、超ひねくれて、逆説的な解答となった」(隈研吾『全仕事』大和書房、2022年)と述べています。
2. 那珂川町馬頭広重美術館(栃木)
那珂川町馬頭広重美術館は、栃木県那須郡那珂川町にある(「東海道五十三次」などの浮世絵作品で知られる)歌川広重の美術館です。広重の作品には雨を直線的に描き、直線の向こうに「橋や川など、いくつかの風景を重ねる」表現が見られます。この、自然と人間の対立しない重なり合いを「木の格子の重層で表現」した、「屋根も壁も徹底して木の格子」の特徴的な作品となっています(『建築家、走る』)。この施設に関しては現在、施設の改修工事に向けたクラウドファンディングが実施されています(記事執筆時点)。
3. M2(東京)
東京都世田谷区にあるM2は当初、自動車メーカーのデザイン・ラボとして建設されたものでした。隈が描いた「巨大なギリシャ様式の柱の上にロシアアヴァンギャルド風のアンテナをのっけたような絵」が元になったというこのビルは完成後、形について「バブルの象徴」であるという批判を受け、激しいブーイングを浴びることとなったそうです(『建築家になりたい君へ』)。現在このビルでは、葬祭場として用いられています。
4. 高輪ゲートウェイ駅(東京)
東京都港区にある高輪ゲートウェイ駅は2020年、「49年ぶりの山手線30番目の新駅」として開業したJRの駅です。『全仕事』によれば隈は、「20世紀の駅にはなかった温かくやわらかい空間をつくるため、鉄骨に福島の杉材を組み合わせた屋根フレームをつくり、柱や外壁も、木で覆い、床材にも木の質感を持つ特殊なタイルを用いた」と語っています。
5. 村上春樹ライブラリー(早稲田大学国際文学館)(東京)
同じく都内新宿区の村上春樹ライブラリー(早稲田大学国際文学館)は、隈が早稲田大学早稲田キャンパス内の施設改修を手掛けた作品です。今や世界的作家となった村上春樹の資料が早稲田大学へと寄贈・寄託されたことをきっかけに生まれたこの施設で隈は、「村上春樹の小説独特のトンネル構造に着目して、(中略)建物の中心に木で覆われた「孔=トンネル」をつくった」(『全仕事』)としています。
隈研吾の言葉:プロフェッショナルと一期一会
かつてNHKの番組に出演した際、「プロフェッショナルとは」という質問に隈は、次のように答えています(茂木健一郎・NHK「プロフェッショナル」制作班編『プロフェッショナル 仕事の流儀15』日本放送出版協会、2007年)。
「プロというと、一つの技術に熟達していて、同じことを繰り返しているようなイメージがあるけれど、じつは今の時代のプロって、繰り返さない人なのではないかという気がするんです。だから、同じことを二度しない人ですね。
人と人との出会いも、人とモノとの出会いも、一期一会の、一回だけの出会いがすごく価値がある時代だと思うんです。ですから、そういう一期一会の出会いをちゃんと形にできるような人で、同じことを繰り返さない人。それがプロじゃないかと思います」
著書『建築家になりたい君へ』の中でも隈は、「予算ゼロ」という条件の下でエンジニアや石の職人と協力して作り上げた石の美術館(栃木県那須郡那須町)、「地元流に作る」ということを覚えた、万里の長城脇の竹の家(中国:この作品は2008年北京オリンピックのCMでも使用されました)、さらには「避難住宅」のアイデアとして傘を用いたカサ・アンブレラ(イタリア:ミラノ・トリエンナーレ)など、取り組んできたプロジェクトの成功秘話を語ります。決まりきったものではなく、様々な素材に目を向け、予算的な制約や立ちはだかる課題にその都度向き合い、チャレンジをつづけてきた隈の「プロフェッショナル」としての姿勢がここからも伺えます。
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