
日本の伝統的工芸品の木工品にはどのようなものがあるかご存じですか?国土の約7割を森林資源が占め、多彩な木々に恵まれた日本では、箪笥や器などさまざまな木工品が作られてきました。しかし、日本人にとって樹木は単なる資源ではありません。古来、樹木には精霊が宿るといわれてきた日本では、むやみに伐採せず祈りを捧げてから行っていた場所も多くあります。当記事では、そんな樹木を尊ぶ日本で、職人が腕によりをかけて生み出してきた伝統的な木工品を紹介します。
日本の伝統的な「木工品」とは
日本の伝統的工芸品のひとつ、木材を使用して作られる「木工品・竹工品」。木工品・竹工品のなかには木材のみを使用するものと他の材用を使用しつつ主に木材を使用するもの、主に竹を使用するものがあります。当記事では木材のみを使用するものと主に木材を使用する木工品を紹介します。
日本の地域に根付く伝統的な木工品
豊岡杞柳細工(兵庫県)

兵庫県豊岡市を中心に受け継がれる伝統工芸、豊岡杞柳細工。起源はなんと1世紀の初め頃で、江戸時代には藩主が一手に買い上げて販売する専売制をとったことから豊岡の工芸品として有名になりました。原料はコリヤナギや籐などで、代表的な製品は柳行李やバスケットなど。職人が一つ一つ手作業で編み上げる製品は、自然素材ならではの温かみやしなやかさが魅力です。江戸時代から続く技術は今も受け継がれ、暮らしに寄り添う工芸品として親しまれています。
大館曲げわっぱ(秋田県)

秋田県大館市で作られる伝統工芸品、大館曲げわっぱ。江戸時代、食べ物に困る者がいるほど困窮していた秋田の状況を改善するため、藩主が下級武士の副業として曲げわっぱを奨励したのが始まりです。その特徴は、天然の秋田杉をはじめとする杉やヒバなどの柾目を活かし、軽く弾力のある美しい木目。主な製品には、弁当箱やお盆、水差しなどがあり、木の温もりと職人の技が生み出すシンプルな美しさが魅力です。2013年以降は、減少著しい天然秋田杉の伐採が禁止されましたが、造林杉を活用する研究が進められています。
箱根寄木細工(神奈川県)

神奈川県小田原市や箱根町で作られる、天然木の自然の色合いを活かした幾何学模様が特徴の箱根寄木細工。作り方にはいくつもの工程があり、まず、色とりどりの木片を貼り合わせた種木(たねぎ)をいくつも作ります。そして、同じ模様や違う模様などの種木を貼り合わせ種板(たねいた)を紙状に薄く削り、箱や小箪笥などに貼り付けたものが箱根寄木細工です。現在では、種板のまま作られた小箱や器などもあり、さまざまな職人技が光る製品を楽しめます。
指物(さしもの)

指物とは、金属の釘を使わずに木を組み合わせて作る木工品のことです。名前の由来には、木の板と板を「指し合わせる」からという説や物をはかる「物さし」をよく使うからという説などがあります。その歴史は古く、平安時代(794~1185年)までさかのぼり、京指物と江戸指物は独自の進化を遂げていきました。
江戸指物
江戸指物が大きく発展したのは、江戸時代。徳川幕府が職人を集め職人町を作り、手工業を発展させ、大工職から分かれた職業のひとつが指物を作る指物師でした。京指物が朝廷や茶道向けに発展したのに対し、江戸指物は武家や商人、歌舞伎役者向けに発展。木目の美しさを活かし、装飾を抑えすっきりとした粋なデザインと堅牢な作りが特徴です。職人はノミや小刀で精巧に組み上げ、数十年使い続けられる耐久性を持つ品を仕上げます。
京指物
京指物は、京都の伝統と職人技が息づく木工品です。平安時代に始まり、室町時代には専門の指物師が登場。茶道文化とともに技術が発展し、洗練されていきました。そんな京指物は、調度指物と茶道指物に大別されます。箪笥などの調度指物の代表的なものが防湿性・耐熱性に優れた桐材を用いたもの。桐やスギ、クワ、ケヤキなどの木の素材を生かした茶道具を含め、優雅な細工が特徴です。繊細な木目の美しさを活かした生地仕上げに加え、漆塗りや蒔絵、箔などの装飾を施したものがあります。
箪笥(たんす)

衣類を畳んで収納する箪笥が生まれたのは、江戸時代初期といわれています。それまでは箱型の収納具に衣類を含むさまざまな家財道具を収納していました。しかし1673年以降、大衆向けに衣類を販売する店が増え、庶民の多くが衣類をもつようになると、もっと収納力のある家具が必要に。また、桐や杉、檜などの木材の流通手段が整い、板材が安価で大量に出回るようになった結果、製材技術が向上したのも箪笥の普及につながりました。
岩谷堂簞笥(岩手県)

岩手県の奥州市や盛岡市などで生産される、ケヤキや桐などを使用した岩谷堂箪笥は、江戸時代後期(18世紀末)の岩屋堂城主が木工家具の商品化を研究させたのが始まりです。その特徴は、年を経るほどに深みが増す漆塗りの趣と堅牢で美しい手打ち彫りや南部鉄器の飾り金具。金庫の役割を果たす鍵のかかる金具が着けられているのも特徴です。また、岩谷堂箪笥には、階段の代わりに使われる階段箪笥など珍しい箪笥もあり、伝統的な技法と職人の技が生きた重厚さと風格が楽しめます。
越前箪笥(福井県)


越前箪笥は江戸時代後期から製造され、福井県越前市を中心に発展した伝統工芸品です。材料となるのはケヤキや桐などの無垢材。奈良時代から受け継がれた釘を使わない「指物技術」により組み立てられます。越前漆器の技を活かした漆塗りの美しい仕上げと越前打刃物の技を活かした鉄製金具の装飾が特徴です。
大阪泉州桐簞笥(大阪府)
耐湿性と防虫性に優れ、熱も通しにくく耐用年数も長い桐材を使用した大阪泉州桐簞笥。江戸時代中期に農家の副業として始まり、江戸時代後期~明治時代には一大産地へと発展しました。使用するのは、1~2年自然乾燥させた20mm以上の厚みのある無垢の桐材。金属の釘を一切使わず、組み継ぎ技法(※1)で組み上げ、年輪の美しい柾目(※2)板を矧ぎ加工(※3)し、手あかや汚れが付かない特殊な着色で仕上げるのが特徴です。現在でもこれらの伝統技法が受け継がれ、角を丸く削った「胴丸型」や蒔絵・漆塗りのものなどの特注品も含め、さまざまなものが生産されています。
- ※1 組み継ぎ(くみつぎ)技法:木と木を組む伝統的な技法
- ※2 柾目(まさめ):年輪の木目がまっすぐに通った美しい板
- ※3 矧(は)ぎ加工:木目の流れの合った材木どうしを横に並べて接着し、1枚の板のように見せる加工
加茂桐簞笥(新潟県)
加茂桐簞笥は、新潟県加茂市で製造される伝統的な桐箪笥で全国の約70%の桐箪笥が加茂市で生産されています。起源は19世紀初め。昭和初期には、桐のもつ防湿、防虫などの機能を妨げず木目を美しく際立たせた「矢車塗装(やしゃとそう)」が開発され、現在の美しいデザインが完成しました。そのほか、引き出しの隙間がないにもかかわらず開け閉めが楽にでき、衣類を長期間守れるのも特徴のひとつ。現在でも、3年かけて製材・アク抜き・乾燥をした材料を使い、鉄釘を一切使わない組接ぎ、木釘などの伝統的技法が守り抜かれています。
欄間(らんま)

天井と鴨居(※)の間に設置される彫刻された板「欄間」。日本の伝統的な建築装飾のひとつで、光や風を通しつつ室内を美しく演出する役割を果たしています。2大産地に大阪府の「大阪欄間」と富山県の「井波彫刻」があり、大阪欄間のもととなる技術が生まれたのが17世紀初期、井波に伝わったのは18世紀中頃です。
※鴨居:日本家屋の障子や襖などの引き戸を設置する際の上部にあたる部分
井波彫刻(富山県)


富山県南砺市井波地域に伝わる伝統的な木工品「井波彫刻」。クスノキやケヤキ、桐を用い、200本以上のノミや彫刻刀を駆使して板の両面から透かし彫り「透かし深彫り」を施すのが特徴です。18世紀中頃、瑞泉寺本堂の再建時に京都から招かれた彫刻師から伝授されたのが起源とされています。時代を経て、井波彫刻は、寺社彫刻から民家の室内彫刻、特に住宅欄間へ発展。獅子頭(※)、衝立などにも広がりました。現在も職人の技が受け継がれ、全国の寺社や住宅装飾に活かされています。
※獅子頭:獅子舞に使われる木製の獅子の頭部を模したお面
大阪欄間(大阪府)
17世紀初期に大阪の聖神社や四天王寺などの寺社建築で発展し、江戸時代中期には商家の住宅装飾として普及した大阪欄間。光や風を取り入れる実用性と格式を示す美しさを兼ね備えた室内装飾です。屋久杉※の木目を生かした「彫刻欄間」や桐や杉を用いた透かし彫りが特徴の「透彫欄間」など、職人の繊細な技が光ります。そのほか、杉や桐、桧などを使用した筬欄間、さまざまな幾何学模様が美しい組子欄間など多彩な種類があるのも大阪欄間の特徴のひとつです。
※屋久杉:鹿児島県屋久島の標高500mを超える山に自生するスギ。緻密で樹脂分が多く、腐りにくいため、成長が遅く長命。一般的な杉の寿命が500年余りに対し、樹齢2000年を超える巨木が多く、屋久島では樹齢1000年を超える杉を屋久杉といい、若い屋久杉は小杉と呼ばれる。
Comments