日本には全国各地、温泉街が点在しており、多くの賑わいを見せています。「日本三古泉(日本三古湯) 」と呼ばれる歴史ある温泉群(愛媛県松山市の道後温泉、兵庫県神戸市の有馬温泉に加え、和歌山県の白浜町にある白浜温泉ないし福島県いわき市のいわき湯本温泉)をはじめ、最近では毎年実施されている「にっぽんの温泉100選 」や「温泉総選挙 」といったランキング企画で人気の温泉地が紹介され、各温泉街がしのぎを削っています。今回は、温泉について制定された日本の記念日「温泉の日」について紹介します。
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「温泉」の定義とは?
1948年に制定された「温泉法 」では「温泉」が「地中からゆう出する温水、鉱水及び水蒸気その他のガス(炭化水素を主成分とする天然ガスを除く)」と定義され、その温度や含まれる物質も厳密に規定されています。また環境省のホームページで公開された「令和4年度温泉利用状況 」によると、2022年度の情報で、宿泊施設のある「温泉地」は全国で2,879か所、都道府県別に見てこの数がもっとも多いのは北海道の230か所とされています。
温泉に対する文化的表象:温泉と日本文学
「温泉の日」の成り立ちについてご紹介する前に、まずは日本文化の中に溶け込んだ「温泉」の姿について取り上げておきましょう。一例として以下に挙げる文学作品の中でも、風情あふれる温泉の姿が魅力的に描かれています。
夏目漱石『坊っちゃん』と道後温泉
まずご紹介したい文学作品は、文豪・夏目漱石の『坊っちゃん』です。主人公「おれ」は、当時の中学校を卒業したのち、東京から「四国辺のある中学校」に数学教師として赴任することとなります。赴任先での生活を描写したくだりに、次のような一節があります。少し長くなりますが、「おれ」の温泉通いの様子を引用しておきましょう。
おれはここへ来てから、毎日住田の温泉へ行く事に極めている。ほかの所は何を見ても東京の足元にも及ばないが温泉だけは立派なものだ。折角来た者だから毎日這入ってやろうという気で、晩飯前に運動かたがた出掛る。ところが行くときは必ず西洋手拭の大きな奴をぶら下げて行く。この手拭が湯に染った上へ、赤い縞が流れ出したのでちょっと見ると紅色に見える。(中略)湯壺は花崗石を畳み上げて、十五畳敷位の広さに仕切ってある。大抵は十三、四人漬ってるがたまには誰もいない事がある。深さは立って乳の辺まであるから、運動のために、湯の中を泳ぐのはなかなか愉快だ。おれは人のいないのを見済しては十五畳の湯壺を泳ぎ巡って喜こんでいた。ところがある日三階から威勢よく下りて今日も泳げるかなとざくろ口を覗いて見ると、大きな札へ黒々と湯の中で泳ぐべからずとかいて貼りつけてある。湯の中で泳ぐものは、あまりあるまいから、この貼札はおれのために特別に新調したのかも知れない。おれはそれから泳ぐのは断念した。(『坊っちゃん』岩波書店、1929年、33〜34ページ)
ここで言われる「住田の温泉」は、愛媛県松山市の道後温泉がモデルとされています。道後温泉本館 では、漱石が利用したとされている個室が「坊っちゃんの間 」として往時の姿をとどめているほか、売店で販売されている「道後温泉本館オリジナルタオル 」は赤色のデザインとなっており、また本館「神の湯」の男子浴室の壁面には「坊ちゃん泳ぐべからず 」と書かれた木札が掲げられているなど、『坊っちゃん』にちなんだ仕掛けは、文学ファンにたまらない内容となっています。
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志賀直哉『城の崎にて』と城崎温泉
次にご紹介するのは、作品中のいちエピソードとしてだけでなく、温泉地が舞台となった(そしてその題名にまで挙げられる)著名な作品、小説家・志賀直哉の短編「城の崎にて 」です。日本では国語の教科書にも掲載されるほど有名な作品ですが、この作品は次のような書き出しから始まります。
山の手線の電車に跳ね飛ばされて怪我をした、その後養生に、一人で但馬の城崎温泉へ出掛けた。背中の傷が脊椎カリエスになれば致命傷になりかねないが、そんなことはあるまいと医者に言われた。二、三年で出なければ後は心配はいらない、とにかく要心は肝心だからといわれて、それで来た。三週間以上――我慢できたら五週間くらい居たいものだと考えて来た。(『城の崎にて・小僧の神様』角川書店、1954年、49ページ)
鉄道事故で大きな怪我を負った主人公は、(現在の兵庫県豊岡市に位置する)城崎温泉に滞在します。温泉地での滞在中、さまざまな小動物たちの生死を主人公は目撃します。巣の近くに転がったままになっていたハチの静かな死骸、川に投げ込まれたネズミが必死にもがくさま、そして主人公が投げた石のために期せず死んでしまったイモリ……。そんな姿を見届けた主人公は終盤、「生きていることと死んでしまっていることと、それは両極ではなかった。それほどに差はないような気がしてきた」と悟ります。短いながら静かで深い洞察に満ちた面白い作品ですので、興味をもたれた方はぜひ手に取って読んでみてください。
なお城崎温泉にある「三木屋」という宿では、(「城の崎にて」執筆当時のものではありませんが)作者の志賀直哉が利用していたという「志賀直哉ゆかりの客室」が現在も残されています。興味をもたれた方は、この旅館に宿泊してみるのもよいかもしれません。
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「温泉の日」が制定された経緯
さて、そんな日本の温泉にちなんだ「温泉の日 」は、9月9日です。これは、大分県中西部に位置する九重町が制定したもので、九重町にある温泉郷のうち、宝泉寺温泉、壁湯温泉、川底温泉、竜門温泉、湯坪温泉、筋湯温泉、筌の口温泉、長者原温泉、寒の地獄温泉の9つの温泉を「九重九湯」としていたため、まさにこの9月9日が「温泉の日」として定められることとなりました。
ちなみに日本では9月9日以外にも、温泉やお風呂に関する記念日が複数定められています。ウェブサイトの情報から確認できただけでも、2月22日が「温泉マークの日 」に(「温泉マークの3本の曲線の湯気が逆から見ると数字の「2」が3つ並んでいるように見えること」などのため)、5月26日が「源泉掛け流しの日 」に(「「極上(5)な風呂(26)」という語呂合わせ」のため)、6月26日が「露天風呂の日 」に(「「ろ(6)てん(・)ぶ(2)ろ(6)」の語呂合わせ」のため)といった具合で制定されています。ここでいう「語呂合わせ」とは、数字の日本語での読みの音にちなんで、ある単語と数字を全く無関係な両者を関係づけるルールのことで、日本で記念日を定める際にしばしば用いられています。
温泉にちなんだ記念日のイベント情報
上で紹介した温泉ゆかりの記念日には、この日に合わせてさまざまなイベントや企画が開催されています。たとえば9月9日の「温泉の日」には、この記念日の由来となった大分県の九重町の「九重”夢”温泉郷無料入浴の日 」として、「ポスター掲示施設で無料入湯」が可能となるようです。
またこのほかにも、2月22日の「温泉マークの日」にちなみ、2024年2月24日には、群馬県安中市の磯部温泉街で磯部温泉組合主催の「第7回 温泉マーク発祥まつり2024 」が開催されています。このイベントには、磯部せんべいの食べ歩きができる「磯部煎餅サクサクウォーク」、磯部温泉の温泉マークグッズなどが当たる「温泉マーク発祥ジャンボ福引き」、磯部温泉の「無料入浴券先着100名配布」が催されました。
一方、6月26日には「露天風呂の日」にちなみ、岡山県真庭市の湯原温泉で2024年のこの日に「第38回6・26露天風呂の日」として、内湯の無料開放、パンマルシェ、路上パフォーマンスなどが行われました。
おわりに:温泉をめぐる新たなプロジェクト
ところで皆さんは、日本の温泉に関する新たな展開として「温泉むすめ」なるプロジェクトの名前を耳にしたことがありますか。このプロジェクトは、 「アニメや漫画、キャラクターや声優などの様々なコンテンツを通じて、日本全国の温泉地や観光地の魅力を国内外に発信するために作られた地域活性化を主目的としたプロジェクト」で、全国の各温泉地をモチーフとした想像上の二次元キャラクター(人ではなく架空の神様)を制作し、コミックやノベル、アニメーション、音楽、グッズ販売や現地イベントなど、多面的な展開が実施されています。実際、たとえば先に紹介した道後温泉には「道後泉海(どうごいずみ)」、城崎温泉には「城崎亜莉咲(きのさきありさ)」などといった形で、各温泉地の名前にちなんだキャラクターがそれぞれ制作されています。
各キャラクターのキャラ原案はさまざまなクリエイターの方によるもので、キャラクターボイスをアニメやゲームなどで活躍中の人気の声優さんがそれぞれ演じています。「温泉むすめ」公式サイトにはそれぞれのキャラクターについて詳しい情報がまとめられていますので、近々温泉に行く予定のある方や、アニメやゲームに詳しい方は、ぜひ情報をチェックしてみてください。推しのクリエイターや声優を追い求めて、そのキャラクターゆかりの温泉地を「聖地巡礼」するのも、温泉地の新しい楽しみ方かもしれませんね。
温泉むすめ公式サイト:https://onsen-musume.jp/
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